いのちの声 無端庵的こころ               

国家危急! 洗脳から覚醒し悪魔の思想から離脱せよ!
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美しき理念『共産主義』

美しき理念「共産主義」 テーマ:真 思潮 alzar77の投稿 史上最も美しい理論は共産主義でしょう。 それは弁証法により進化すると思われました。 ロマン主義、象徴主義、功利主義、犬儒主義、大アジア主義などなみいる思想を超え、20世紀に花開きました。 それは人類が到達したもっとも美しい理念であった。 しかしながら、それを手にしたソヴィエトロシア。シナ中華帝国、三下ではクメールルージュ。ことごとく 自国民さえ虐殺する、全体主義になってしまう・・・・・・粛清、虐殺、拷問、密告・・・ なぜならば、コレは極端なできもしないことをそれらしく構築したいのちの通わない『偽物』思想だったからです 1815年ワーテルローでナポレオンは敗れた、この知らせを、イギリス政府より先に手に入れた、ネイサン・ロスチャイルドは誰よりも先に証券取引所に駆けつけ』『英国債』を売った、コレを見たディーラーたちは 『英国が』負けたものと思い狼狽売りをした、コレが原因で相場は暴落、相場が底値を打ったところで、ネイサンはそれを買い占めた。 その豊富な資金でユダヤの青年カール・マルクスに勉強させ、旧支配体制・既存社会を崩壊させる理論をロンドンの図書館で書かせた。 文盲のロシアは疲弊していた、これらの新しいユートピア理論は、現実の飢餓と貧困を克服するに違いないとロシアの民衆が信じてもしかたあるまい。 しかし、現実には、大英帝国や、その継承者の大米帝国と敵対し、お互いに争うことを運命とされた思想であり、20世紀においてどの戦争より多くの自国民の犠牲を強いられた(粛清)のであった。  これをもって「悪魔の思想」と名づけたわが国の先賢はその危険性を訴えたが、まだ足りないものがある それは、ルーズベルト大統領の周りには300人の共産シンパガいたということである。 話が込み入って申し訳ないが、要するに、アメリカ新自由主義は「陰の政府」により敵対する構造を自作自演し、シオンの丘を目指す彼らにとって都合のよい役割を果たしたに過ぎない。敵対するものは、欧州にあってはナチス、アジアにあってはすめらみくに(大日本帝国)それらを滅ぼした後は自ら作った共産キューバ、9.11を自作自演して、アラブに介入し、アフガンに増派するらしい いま、地球上にある限りある資源、あるいは質のよい食べ物を「誰が食べるのか」という素朴な疑問を提示したい。  とうに、そんなことはあきらめたというのであれば、アジアの盟主、人類の盟主として「日本」が再生することはできないだろう。今ここで洗脳から目覚めて戦えば、虐げられた者は救われるだろう、あきらめてはならない!
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新潮 誤報を認める(朝日襲撃事件)



ばかばかし〜
朝日新聞襲撃の実行犯手記は裏付けがないということで幕引きです

レコンキスタでも事実関係や 手記本人がたいした奴ではないことを証明しています

野村先生の偉業を冒涜する記事でした。

わたしがこれはいけないと思うのは、警察やとうの朝日が事件前に「泉大津港」などに北朝鮮の船舶がいなかったかどうか調査をしない点です。

銃の扱いになれた しかもその銃は発見されていない・・・となると
そんな簡単なお話をなぜ調べないのか ぼんくらは仕方ありませんね!
新右翼〜民族派〜その先? | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

西部邁氏講演会・大阪



今日は、大阪天満橋のホテルで「関西防衛を支える会」の会合がありました。
講師は、西部邁氏 その歯に衣着せぬ論調は躍動的で興味深く、2時間がすぐ経過しました。
主宰者は、西部氏をこの会合に招聘した古い友人(60年安保の早稲田ブント委員長)の知り合いたちが来るからテーブルを用意してくれという要請に、これはてっきり極左が、8人乗り込んでくると考えていたらしい。そこへ現れたのが「われわれです」
大阪の保守を任じる人たちの前で、西部氏はアメリカという国は、サヨクであり、ソビエトロシアと同根の国であるから、これに追従することは、大東亜戦の理想に従って、名誉ある死を遂げた、幾多の英霊を裏切る行為であると、喝破しました。現在の保守を気取る人たちの誰が反米の言論を致すのか?誰もいないではないか!と叱咤されます。日米同盟などというまやかしで、イラクを責め、自衛隊を派遣した政府は腰抜けで情けない。そもそも大義がないではないか!

以下論文引用

日本は侵略国家であったのか
田母神俊雄(防衛省航空幕僚長 空将)
アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留し
ている。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。二国間で合意
された条約に基づいているからである。我が国は戦前中国大陸や朝鮮
半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留
も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。日本は19
世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手
国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在の中国政府
から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露
戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守
るために条約等に基づいて軍を配置したのである。これに対し、圧力
をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だと
いう人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したこ
とがない。
この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。邦人
に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日
本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛
け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、と
ても許容できるものではない。これに対し日本政府は辛抱強く和平を
追求するが、その都度蒋介石に裏切られるのである。実は蒋介石はコ
ミンテルンに動かされていた。1936 年の第2 次国共合作によりコミン
テルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが国民党内に多数入り込ん
でいた。コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊
させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。
我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937 年
2
8 月15 日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻
ぼうれい
を膺懲
ようちょう
し以って南京
政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表し
た。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なので
ある。
1928 年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言わ
れてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日
本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ( 誰も知らなかった毛沢
東)( ユン・チアン、講談社)」、「黄文雄の大東亜戦争肯定論( 黄文雄、
ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け( 櫻井よしこ編、文藝
春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて
有力になってきている。日中戦争の開始直前の1937 年7 月7 日の廬
溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われて
きた。しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の
記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官
はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦
争( 岩間弘、岩間書店)」。もし日本が侵略国家であったというのなら
ば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問い
たい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならな
いが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。
我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しよ
うとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとし
た国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な
植民地統治をしたのである。満州帝國は、成立当初の1932 年1 月に
は3 千万人の人口であったが、毎年100 万人以上も人口が増え続け、
1945 年の終戦時には5 千万人に増加していたのである。満州の人口は
何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからで
ある。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけ
3
がない。農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15
年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。朝鮮
半島も日本統治下の35 年間で1 千3 百万人の人口が2 千5 百万人と
約2 倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。日本統治下の朝鮮も豊
かで治安が良かった証拠である。戦後の日本においては、満州や朝鮮
半島の平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われ
ている。しかし実際には日本政府と日本軍の努力によって、現地の人々
はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したので
ある。
我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に
力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残して
いる。また1924 年には朝鮮に京城帝国大学、1928 年には台湾に台北
帝国大学を設立した。日本政府は明治維新以降9 つの帝国大学を設立
したが、京城帝国大学は6 番目、台北帝国大学は7 番目に造られた。
その後8 番目が1931 年の大阪帝国大学、9 番目が1939 年の名古屋帝
国大学という順である。なんと日本政府は大阪や名古屋よりも先に朝
鮮や台湾に帝国大学を造っているのだ。また日本政府は朝鮮人も中国
人も陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判で死刑に
なった朝鮮出身の洪思翊
ホンサイク
という陸軍中将がいる。この人は陸軍士官学
校2 6 期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。
朝鮮名のままで帝国陸軍の中将に栄進した人である。またその1 期後
輩には金
キン
錫源
ソグォン
大佐がいる。日中戦争の時、中国で大隊長であった。日
本兵約1 千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国の中国軍を蹴
散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いてい
る。もちろん創氏改名などしていない。中国では蒋介石も日本の陸軍
士官学校を卒業し新潟の高田の連隊で隊付き教育を受けている。1 期
後輩で蒋介石の参謀で何応欽
カオウキン
もいる。
4
李王朝の最後の殿下である李垠
イウン
殿下も陸軍士官学校の2 9 期の卒業
生である。李垠
イウン
殿下は日本に対する人質のような形で1 0 歳の時に日
本に来られることになった。しかし日本政府は殿下を王族として丁重
に遇し、殿下は学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。
陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠
イウン
殿下のお妃とな
られたのが日本の梨本宮方子
まさこ
妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃
候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を潰すつもり
ならこのような高貴な方を李垠
イウン
殿下のもとに嫁がせることはなかった
であろう。因みに宮内省はお二人のために1930 年に新居を建設した。
現在の赤坂プリンスホテル別館である。また清朝最後の皇帝また満州
帝国皇帝であった溥儀
フギ
殿下の弟君である溥


ケツ
殿下のもとに嫁がれたの
は、日本の華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。
これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満
州や朝鮮や台湾に対する思い入れは、列強の植民地統治とは全く違っ
ていることに気がつくであろう。イギリスがインドを占領したがイン
ド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士
官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインド
に嫁がせることなど考えられない。これはオランダ、フランス、アメ
リカなどの国々でも同じことである。一方日本は第2 次大戦前から5
族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族が入り交じって
仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられてい
た当時にあって画期的なことである。第1 次大戦後のパリ講和会議に
おいて、日本が人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イ
ギリスやアメリカから一笑に付されたのである。現在の世界を見れば
当時日本が主張していたとおりの世界になっている。
時間は遡るが、清国は1900 年の義和団事件の事後処理を迫られ
1901 年に我が国を含む11 カ国との間で義和団最終議定書を締結した。
5
その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2 600 名の兵を置
いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。また1915 年に
は袁世凱政府との4 ヶ月にわたる交渉の末、中国の言い分も入れて、
いわゆる対華21 箇条の要求について合意した。これを日本の中国侵
略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強の植民地支配が一
般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わな
い。中国も一度は完全に承諾し批准した。しかし4 年後の1919 年、
パリ講和会議に列席を許された中国が、アメリカの後押しで対華21
箇条の要求に対する不満を述べることになる。それでもイギリスやフ
ランスなどは日本の言い分を支持してくれたのである「日本史から見
た日本人・昭和編( 渡部昇一、祥伝社)」。また我が国は蒋介石国民党
との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。常に中国側の承認
の下に軍を進めている。1901 年から置かれることになった北京の日本
軍は、36 年後の廬溝橋事件の時でさえ5600 名にしかなっていない「廬
溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。このとき北京周辺には数
十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。幣原
喜重郎外務大臣に象徴される対中融和外交こそが我が国の基本方針で
あり、それは今も昔も変わらない。
さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争に
突入し3 百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本
は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今
では、日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕
掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカもコミンテ
ルンに動かされていた。ヴェノナファイルというアメリカの公式文書
がある。米国国家安全保障局( N S A )のホームページに載っている。
膨大な文書であるが、月刊正論平成18 年5 月号に青山学院大学の福
井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。ヴェノナ
6
ファイルとは、コミンテルンとアメリカにいたエージェントとの交信
記録をまとめたものである。アメリカは1940 年から1948 年までの8
年間これをモニターしていた。当時ソ連は1 回限りの暗号書を使用し
ていたためアメリカはこれを解読できなかった。そこでアメリカは、
日米戦争の最中である1943 年から解読作業を開始した。そしてなん
と37 年もかかって、レーガン政権が出来る直前の1980 年に至って解
読作業を終えたというから驚きである。しかし当時は冷戦の真っ只中
であったためにアメリカはこれを機密文書とした。その後冷戦が終了
し1995 年に機密が解除され一般に公開されることになった。これに
よれば1933 年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政
権の中には3 百人のコミンテルンのスパイがいたという。その中で昇
りつめたのは財務省ナンバー2 の財務次官ハリー・ホワイトであった。
ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本
人であると言われている。彼はルーズベルト大統領の親友であるモー
ゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日
米戦争に追い込んでいく。当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを
認識していなかった。彼はハリー・ホワイトらを通じてコミンテルン
の工作を受け、戦闘機100 機からなるフライングタイガースを派遣す
るなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に支援していた。真珠湾攻撃
に先立つ1 ヶ月半も前から中国大陸においてアメリカは日本に対し、
隠密に航空攻撃を開始していたのである。
ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため、日
米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1 撃を引かせる必
要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を
決行することになる。さて日米戦争は避けることが出来たのだろうか。
日本がアメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ
日米戦争を避けることは出来たかもしれない。しかし一時的に戦争を
7
避けることが出来たとしても、当時の弱肉強食の国際情勢を考えれば、
アメリカから第2, 第3 の要求が出てきたであろうことは容易に想像
がつく。結果として現在に生きる私たちは白人国家の植民地である日
本で生活していた可能性が大である。文明の利器である自動車や洗濯
機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。しかし人類の
歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。
強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されるこ
とに甘んじなければならない。
さて大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支
配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問
題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そ
して大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの
時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るの
があと百年、2 百年遅れていたかもしれない。そういう意味で私たち
は日本の国のために戦った先人、そして国のために尊い命を捧げた英
霊に対し感謝しなければならない。そのお陰で今日私たちは平和で豊
かな生活を営むことが出来るのだ。
一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。戦争
などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているの
であろう。当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかり
である。やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。
亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。
しかし人類の歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことが解る。
現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難で
ある。日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な基地
を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返
ってこない。ロシアとの関係でも北方四島は6 0 年以上不法に占拠さ
8
れたままである。竹島も韓国の実効支配が続いている。
東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたもの
である。そしてそのマインドコントロールは戦後63 年を経てもなお
日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略
する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうという
ものである。自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出
来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁
止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きでき
ないようになっている。このマインドコントロールから解放されない
限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメ
リカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメ
リカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法
もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国
の伝統文化が壊されていく。日本ではいま文化大革命が進行中なので
はないか。日本国民は2 0 年前と今とではどちらが心安らかに暮らし
ているのだろうか。日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日
米同盟を否定しているわけではない。アジア地域の安定のためには良
好な日米関係が必須である。但し日米関係は必要なときに助け合う良
好な親子関係のようなものであることが望ましい。子供がいつまでも
親に頼りきっているような関係は改善の必要があると思っている。
自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する侵略を
未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾になる。諸外国では、ごく
普通に理解されているこのことが我が国においては国民に理解が行き
届かない。今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがた
い苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし私たちは多くのアジ
ア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要
がある。タイで、ビルマで、インドで、シンガポールで、インドネシ
9
アで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。そして日本軍に直
接接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接
見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多いこと
も知っておかなければならない。日本軍の軍紀が他国に比較して如何
に厳正であったか多くの外国人の証言もある。我が国が侵略国家だっ
たなどというのは正に濡れ衣である。
日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。
私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければなら
ない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自
分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史的事実
を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいこと
であることがわかる。嘘やねつ造は全く必要がない。個別事象に目を
向ければ悪行と言われるものもあるだろう。それは現在の先進国の中
でも暴行や殺人が起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本
の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の
一途を辿るのみである。

引用終わり


など。日本という国が侵略国家であったか無かったかなどといういいたてがそもそも
程度が知れている、当時は帝国主義(大城戸解釈)の時代であり、「侵略」という武力による制圧は、世界の1等国ならどこでもあり得た話で、シナ、朝鮮を自国の防衛のため制圧してもそれほど時代に齟齬する事ではなかった。もちろん侵略された方は恨みが残るであろう。その時代背景こそが真実であろう。反サヨク・反シナ・などにうつつをぬかす、自称保守などは本当の敵アメリカの洗脳(大城戸解釈)に本来の思考を歪められている。

(大城戸註 わたしもそう考えています)

朝日〜産経まで色はちがうがみな、そのアメリカの操作に従っている、TVなど観るものではない!

(大城戸註、それはいつもわたしも申しています)

左翼思想はマルクスが共産党宣言を書く60年以上前に存在した、それは、「構造改革」などではなく旧思想を正当に受け継ぎながら時代に反映することだ、それこそが、ニンゲンとしてのまともな考えであり、日本の政治の中でお題目に過ぎない、その「構造改革」はかえって、進歩の阻害要因であろう。自由・平等・博愛は理想としては立派だがその実現にバランス感覚が是非必要だ、現実との乖離をどのように埋めてゆくか、センスの問題であろう。などと各論談論風発、とてもよいお話しでした。

講演中「維新政党・新風」という固有名詞が飛び出したのは驚きでした。
少しだけ禁煙ファシズムにも苦言を呈しておられました。

講演が終わり、食事も終わり、2次会は カラオケでした。
特別に目立ったわれわれ「真思潮」グループは全員お供しました。
なんと、西部先生歌がやたらうまい!

日本を代表する論客とずれがないことを確認した有意義な一日でした。
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朝日襲撃事件「新潮の」フライング

考えれば、ため息ばかりの無端庵

今日の産経新聞に先頃「新潮」に掲載され物議を醸した朝日襲撃事件実行犯手記に対する
論評があった。

まるでとんちんかんな実行犯のいいたてだったので「手記」は1度だけしか読んでいない

犯行声明文を野村秋介先生が書いたなどと、戯言でしかない。
先生の文章はどれもロマンに溢れ洒脱! 人の心の美しさ、人生の雄大さをうたいあげる。また、獄中にあって詠まれた「銀河蒼茫」に代表されるように、ぎりぎりのことばを駆使する俳人でもある。
だらけた、犯行声明文を読んでみると、この作者は外国人かと思うほどだ。
また、同じテロでもわれわれは、まず自分の命を捨てる覚悟で行うのであるから、顔を隠し、無抵抗のニンゲンを「散弾銃」で撃つなどは論外!卑怯な手段に及ぶのは、一命を捨てて。大義に殉じるという美学に反するくらい分かりそうなものだ。そんなヘナチョコが右翼にいるとは考えがたい。

当時、鈴木さんが来阪されて、会合がある、その後の直会まで朝日の記者がぞろぞろついてきた。その容疑で家宅捜索までされたそうだが、全くの誤解に基づいた行いであるのは歴然としている。

なんでも言論の自由という名目でいいたてればいいというのは「報道の堕落」である
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国家的大好機到来

どうやら、世界金融の最終局面が来たようですね。
日本も株価が最低になった気がします。
昔、私の先生(商売の師)が、日本の株価は17000円で正常と教えてくれました。
そのものさしでは、この事態は異常も異常です。

私は、株はやりませんから存外冷静に「株価」だけなら見ていられるのですが、経済の立て直しについては、ここが、大チャンスだと考えます。もうあとがないなら思い切った手を打つしかないのですから・・・・

昔、ドイツでは経済の立て直しと中小の商売をまもるため大企業のデパートなどの営業を規制する法律がありました。なんという法律だったか失念しましたが。効果があったそうです。これに習って
我が国も無駄に営業している全国のショッピングセンターの営業時間を1時間短縮すれば、相当なエコになると考えます。だいたい、基本が8時閉店という根拠はどこからでたのか。こんな不況になって、どこのSCでも20時頃にはお客はまばら、店員の数の方が多いのです。この、経済が上向きの頃の仕組みを現在維持する理由もない。節約した、エネルギーを国家の余剰エネルギーに蓄えるべきです。CO2削減もこれで一石二鳥ではないでしょうか。

また、消費税を3%にまで戻して消費動向を賦活する、あるいは0にする。
財源として重要だというのなら、戦争に負けたときそんな税法があったか思いだしてみるのもよい。
焼け野原からわずか20年もしないうちに新幹線を開通し東京五輪を開催した亜細亜の国はどこだったか。日本は捨てたモンではないのです。

ガソリンが急騰してまた下落して多くのGSは振り回されあえいでいる、また閉店も目立ちます。
ここはガソリンを統制価格にする、自由競争などといっているから、中小の額に汗して働いていたGSがつぶれるのです。どうせ180円/L以上に上がった価格なら固定してしまい差額は税収とすればいいのです。意味もなく走ることは難しくなるでしょうが、今後原油の動向が世界の命運を握ることは確実だから、先手を打って『緊急非難」しておくべきです

アメリカ国債を拒否したシナはお利口ですね、端的に言えばつぶれた会社の株を買わされるのと同じ事ですお人好しの日本国民でもこれには、NO!といっておくべきです。

政治は自民が民主に圧力をかけているようですが、理念ではなく小沢さんの『金」問題ではいずれにしても底が浅い。連中は当選することばかり考えて、『国家」の行く末についてどう考えているのか伝わってこない、国際政治の舞台では火花が散る国家のサバイバル戦が始まっているというのに、
ある、泉州の議員候補の宣伝カーが名前を連呼しながら(厳密に言えば事前活動・順法精神は無い)
お年寄りに優しい国を作るなどといいまわっていて心底あきれた。

何度も言うがここは『戦後体制」を切り捨てる大チャンスです。
大きな観点から次世代を見据えた国家の有り様をつかみ取ることが出来るかどうかの転換点。

ぜひ、人智を集めて拝金主義から遠くに隔たり理念高い国へ変貌したいと1国民として念願します
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その誘導不快につき・・

ふか〜く ふか〜く 物語(by電気事業連合会)

その誘導に異議あり!

3月6日金)の産経新聞第4面に全面広告が電気事業連合会のスポンサーで掲載された。
内容は、「高レベル放射性廃棄物」を地下300mに「人工バリア」と「自然バリア」を組み合わせて半永久的に埋蔵してしまう。という広告です。

「えっ、地下300mも穴を掘っちゃうんだ。」

という見出しです。この広告には、いつ、だれが、どこで、どれくらい、どのように、という説明はありません。なぜ、という理由は、ぼんやりと、「エネルギーリサイクル」(が是非とも必要であることを前提に)「地球環境保護」の大命題に従っている程度です

さて、こんな全面広告が頻繁に掲載されています。掲載主は前回は総務省でした。
何度も何度も当たり障りのないマンガをまじえた、軽めの広告が掲載され、みんなもそれを気に留めない、こういった手段は社会心理学の常套手段で「影響力の武器」の説明によれば、「カチッ・サー」を組み込んでいることは歴然です。私はTVは刺激が強すぎてここ10年くらい視聴していませんがおそらくTVなどはあからさまにこれを行っているでしょう。

3月7日(土)の産経新聞第8面経済欄には
「MOX燃料」 日本へ という記事が書かれています
プルサーマル実施へ一歩と副題されて、上記の電力会社が政治的にも物理的にも核燃料のリサイクルにむけて多くの課題を抱えている、とされています。
おそらく、この種の言い立てもTVではやかましいくらいだろうと推測します。

わたしは、原発反対論者ではありません。むしろ、資源の乏しい我が国が「ものつくり」を行う上で原子力は利用するべきと考えます。現実にもアメリカが104基(10.606.1万KW)日本が55基(4.958.0万KW)フランスの59基に次いでの世界3位の原子力大国です。
安全管理においてもかなり優秀な技術があると思っています。

が、ことこのような日本の国策を左右するような生命線の「原子力」活用について、国民を安易に誘導し、着地点を予め設定している(国民が無知と決め込んだ)政府と、電力各社のもくろみは不快です!昨日も若い人と話していて、日本には資源はないのかと質問されました。私はこう答えました
「日本近海、東海道沖、南海道沖にメタンハイドレードが100年分確認されている、平成7年夏、ホンダは自社の雑誌夏号で水素ガスにより走行する実用車を発表した。がそれは、完全に黙殺された。」以降その自動車の噂は聞かない。

マ・・・・平成5年頃には、民主党の議員をつかまえて、「春暁」の行く末とその人の立場を問いただしたら、「それ、なんですか?」というお気楽な答えだった。いま完全に盗まれましたね。
先日も、また民主党の衆議院候補をつかまえて、パンデミック対策の腹案を訊ねたら、「???」というていたらく。

正々堂々男子は死んでもよい!という政治を期待するのがむりなのか?
それとも、アメリカが行った勝てば何でもありが身に染みついたのか?
そんなことばかりではあるまいと私は勝手に考えてしまいます。
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いのちの「返信」吐魯番の月  から



確かに・・・受け取りました。 その「返信」を



無限連鎖の果てにあるモノは、
帝国というアナーキーに抗いながら
静謐と騒擾の極みを「痛み」ながら生きている
あなたの<現地語>を読み取る作業

国家の瞳孔はうち静まった深更の街燈に似てもいて
メガロポリスの吃水がいままさに水準原点をこえる
戦後レジュームの黒い呪縛から解き放たれた
雑神戦士たちの隊列が「日本回帰」を叫びながら出発する

「普遍」と「固有」のはざまにたじろいでいた勇気ある者は
月下に紡ぐ言霊のすべてを呑み下し屹立しつつ闘争せよ
立ち止まるな!心的構造論は捨てよ!

過ぎていった百年の風に吹かれながら
くっきりと顔を上げ、まなざしは「未来」にさだめて
決してあきらめない誓いを「戦ぎ」のなかにたしかめる


これがわたくしのあなたへの「返信」です
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真思潮、新右翼を越えて



錯綜する政治的風土は、権謀術数の世界であり、「政治力学」の現れでしかない
われわれは、何を失って来たのか、もはや白日の下に晒された。
失ったのは矜持であり、理念であろう。
しかし、今ここに新右翼と呼ばれた、一水会、維新政党新風を遙かに超絶する真思潮を読み取ることが出来る。その宣言は歴史に刻まれる日本再生の叫び声に他ならない。
あらゆるコントロールされた桎梏を裁ち切り、いま、まさに覚醒した真思潮は徐かにやがて奔流となって、今世紀世界人民を戦争という暴虐とグローバリズムという金銭により翻弄したアメリカ新自由主義の凋落とともに反作用として浮かび上がるのだ!
以下ジャパン・ビューローの宣言文から引用

ジャパン・ビューロー創建
宣言に代えて


 かつて、革命前夜の要件を論じたレーニンは、《革命的祖国敗北主義》を掲げた。政治的現実を前にして、こうした〈戦略的妥協〉もやむを得ぬものと考えたのだ。しかしながら、それは「革命的」でなくてはならず、いや、それこそが唯一無二の要件だったのである。
 そこに、我々は二つの覚悟を読み取るのだ。

(1)公的(政治)世界では〈無私〉の構えを守り抜くと同時に、
   私的(日常)世界では〈私〉の立場にこだわり抜かねばならない。
(2)「不連続な生き地獄」ともいうべき現世と徹底的に向かいあい、
   問題解決を彼岸の地に求めてはならない。

 「(主体性を持って)生きるか」、「(時代に流されつつ)生かされるか」

 これが全ての出発点なのだ。

     * * * *

 腐敗の極に立ち至つた日本及び日本人をどうして再生するか。そもそも、腐敗の根源は奈辺に存在するのか。
 我らは、ここに明言する。

 腐敗は紛れもなく官僚組織の中に起こり、その結果として、我らの裡なる理想の〈国〉と現実に存在する国家とを敵対的矛盾へと陥れた。

 腐敗を防ぐには絶えず「運動」し続けねばならぬ。変革、さらに「維新」は、かかる「運動」のダイナミズムからしか生まれてこない。さりながら、戦後60有余年、「運動」は限りなく後退を続け、その起動力も失われつつある。
 だが、決して諦めはしない。
 「敵」は眼前の腐敗した官僚〈制〉ではない。それらを生み出す官僚〈性〉である。我らは、正しい意味での指導・執行機関を構築し、「運動」を領導せねばならぬ。それは、「組織」に対する明瞭な認識なしには成立しない。

 我らは、「不連続な生き地獄」の中で生きている。連続していないことが唯一の救いだったかもしれぬ。
 いっときの平和、幸福感が持続することを何度祈ったか。だが、残念ながら、時代は安眠することを許さない。暗雲が怒濤のように押し寄せ、我らを取り巻いている。
 かくの如き現実と対峙する覚悟を持つのは当然ながら、まず何よりも強靱なる〈精神的紐帯〉を形成せねば、それらに立ち向かうことは容易ではない。

 〈国〉を翹望しつつも途半ばに斃れた幾多の先達たち。彼らの叫び声が聞こえてくる。 
 「英雄」なき時代に生くる我らは、彼らの歴史的教訓から何を学ぶか。
 そもそも、「英雄」さえ現れれば全ては解決するか。彼らと同じく栄光と挫折を繰り返すべきか否か。
 「英雄」待望論が一気に高まることの先に「安寧」があるとは思われない。〈国〉の連続性を担保し得る確信なくして、「安寧」は継続せぬ。

 今こそ指針を鮮明にする必要がある。
 何をおいてもまず「運動」は受け継がれていかねばならず、そのためには《不偏不倒》なるものでなければならぬ。
 我らは、今日の政治腐敗を除去する戦闘力を持つ政治組織を創成し継承せねばならない。それ以外に術はないのだ。
 そのために何が出来るかではなく、何かをせねばならぬ。
 胸裡にある〈ビューロー〉の確立を目指して...。


―今こそ共に起ち、共に死のう―
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アメリカを厭え!


1 日本国はアメリカの属国(植民地)である
2 日本国政府はアメリカの傀儡政権である
3 大東亜戦以降の歴史認識は勝者の都合で歪曲されている
4 GHQは意図して日本国民の再生意識を抹殺した
5 マスコミは操作されている

だからこそ、日本の捻れた世相はただならぬ方向へ向かっている


※大東亜戦は誇りをかけた戦いだった
個人を例に取れば、安寧(奴隷の安らぎ)か名誉かと選択するとき、多くの人は暴力に晒されているとき、いのちの安全を願って当然です。強姦魔が殺すぞと女性を脅かして、殺されるより、犯されるのを選ぶ女性がいても、それは非難できない、むしろ強姦魔の卑劣を糾弾する方が先決です。
しかし、自身の名誉のため、敢然と暴力的な強姦魔に抵抗する人もいるでしょう、これが、先の大戦の大日本帝国でした、物理的には、敵いもしない欧米の帝国主義と戦い、敗れました。
この戦いで、「費用対効果」で考えてももとが取れない特攻などの作戦を遂行し、工夫し努力し死んでいった、皇軍の姿には、感謝するしかない。生理的には、寒いひもじい痛い苦しい眠れない、などの困難を精神で克服し、4年間を戦った!そして、最後には自爆覚悟の特攻、これが、名誉を守るための戦いであったと考える所以です。そう考えられなければ、先人に面目がないでしょう。


そして、敗戦のあと、GHQの思惑通り、洗脳は進み、自国の歴史を改竄されたのも気づかず、「平和」反省 謝罪と、社会の針は振れてゆく・・・・・
しかし、そんなことは、おかしいのではないかという疑問がどうしてもてないのだろうか?
3にも書いたが世界史は勝者の歴史である、勝者は自身に都合がよいストーリーを作る
考えてもらいたい、人道からはずれた非戦闘員への爆撃(都市爆撃)太平洋の戦闘において、日本兵の捕虜が皆無という現実(アメリカは太平洋においての作戦で投降日本兵を捕虜にせず虐殺した)つまりシナ大陸における終戦の状況と大いに違う現実を見て欲しい。シナからは、民間〜現役日本兵まで引き上げてきている。
最後には、広島、長崎への原爆攻撃である。これがアメリカの残虐な本当の姿ではあるまいか?

アメリカという国は、その後も朝鮮戦争、ベトナム戦争、世界各国の紛争に介入 あげくは、イラクに「大量破壊兵器」の疑いを根拠にイラク政府を圧倒的な武力で壊滅し、支配した。
あははは 大量破壊兵器(核)を持っているのはどなたかな? 結句それらは出てこない!
テロというが彼らの振る舞いは「侵略者」の暴虐ではないのか!
9.11は自作自演の疑いもあるというが、もしそうでなくても、自業自得。

傀儡政府の手先につけねらわれて、下獄するとも、志は失わないで戦いましょう。

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旗となるまで立ちつくすべし

近頃の稽古の姿です

旗となるまで立ちつくすべし



都はるみが中上健二の誘いで熊野にゆき歌謡界へのカムバックを決めたとき、歌詞を提供したのが道浦母都子だった。道浦氏は1947年和歌山県生まれ大阪北野高を経て1972年早稲田文学部を卒業した。1980年自費出版でほとんど黒一色の装丁本「無援の叙情」をひっそりと世に出した。

私が、道浦氏の「ことば」に激しく感応したのは都はるみの「枯れ木灘残照」の冷たき透明さであった。その歌詞はそのまま、岩波現代文庫 「無援の叙情」に収録されている 残照(1990年代作品群)の中の「夕駅」に見ることが出来る

愛しては人を追いつめたりしこと野火のごとしもなつの終わりの

残照の光の海を二人行く花のごとかる罪を抱きて

両手にて君の冷えたる頤を包みていしは冬の夕

漲らう男の身体 寒の夜を抱き締むれば樹液の匂い


私は、神懸かり的な都はるみの歌唱もさることながら、この歌に込められた尋常ならざる思想を感受した。興味を持って調べてみると、全共闘世代を代表する道浦氏の歌集に行き着いた。

1969年1月19日 東大安田講堂が「落城」した圧倒的な機動隊に奪還闘争は阻止されて神田〜お茶の水にかけて数千の学生たちは路地裏に散った。その中に道浦氏もいたという。


「われらがわれに還りゆくとき」

明日あると信じてきたる屋上に旗となるまで立ちつくすべし

迫りくる楯怯えつつ怯えつつ確かめている私の実在

ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いにゆく

内ゲバに追われし学園さりし日も我を映しぬ雨のキャンパス

夜を徹しわが縫い上げし赤旗も故なき内ゲバの血に染まりゆく


「1968・10・21」 には

わが縫いし旗を鋭く震わせて反戦デーの朝を風吹く

ヘルメット真深ににかぶりどの顔も近づくものに血の色うすき

線路へと線路へと飛び降りる激しき群れにわれも混ざりつ

確かめ合うスクラム弱く震えいてわれらのインター歌声低き


「曳航の旗」

心優しき革命者なれと説き給いしかの日々君を疑わざりし

鉄パイプの群れに追わるる幻に雪の降る夜を幾度か目覚む

なお燃えて夜を殺戮に走る群れ遠く苦しく見つめいるのみ

「彼岸花」

またこみ上げてくるものはあり雨に濡れ三里塚より届く手紙に

成田への旅費借りゆきし白き背よ去りたる党のその後は問わぬ

「蒼き光」

今生きて在ればなにを為すらむ「暗殺の哲学」残しし和己

私だったかもしれない長田洋子 鬱血のこころは夜半に遂に溢れぬ

祖国というかくもはかなき一語もて夜毎こころをかき乱すもの


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そうであったのです私がなぜ都はるみの歌にこれほど感応したのか
これは、私自身にも身に覚えのある感情です
しかも、私は今も祖国転覆の野望を密かに懐く不逞の輩でした
当時右も左も同じように苦しんでいたという記念碑です
三島先生が東大全共闘を前に「諸君が一言天皇陛下万歳と言うなら共闘しよう」と
言われた意味がそのあたりにあったのかも知れません。
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